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観光客にみせるために、もともとあるものが全部破壊されて新しいものに変化する。皆様方が東南アジアに行きますといろいろな踊りがありますよね。そうすると、後ろに本来ない楽器、新しいエレクトーンが入ったりいろいろしている。そうすると、非常に軽くて余りみられたものではない。それから、踊りのテクニックでも、何か西洋風のステップ、ダンス的なテクニックを入れてしまって、もともとのものがだめになっってしまうとか、そんなのはスリランカで結構やられております。
そういう論議がなくて、その人の考え方によって、何百年と続いてきたものがある日突然破壊されてしまっているということが今実際行われているわけです。かつては日本のいろいろな不動産屋がタイの奥地まで入り込んで行ってゴルフ場をつくってしまって、今までやっていたところが全部なくなってしまったとか、そういうことも現実にあるわけです。だから、やっぱりある程度きちんとした論議をした上での観光開発というのはいいんだけれども、これが客が来るから、何が来るからという論議が優先になってしまうものですから、結局そういうものはどこかへ行ってしまうという危機感を今私どもはもっております。
村井委員 そういうことにかかわってくると思うんですが、過疎地はいずれも基盤整備というか生活条件をよくしようということで、一番よくやっているのは道路、交通網の整備でしょう。ところが、それが結果としてはマイナスになって、ますます外へ出て行ってしまう。あるいは、観光客も通過型になってしまって少しも滞留しないということが出てきたりする。一方では、近隣により大きな都市があると、通勤が可能になってUターン現象を引き起こす要因にもなるという、プラスマイナス両用の面があるようです。
そういう点で、過疎地たることをどのように脱却しようかというのは本当に切実な問題でありそういう土地の人々は真剣に取り組んでおられる。ところが私は5か所訪ねましたがどうですかと尋ね、説明を聞き、案内してもらうだけで報告書は本当に書けるのかと内心じくじたるものがあります。そのことが一つ。
それから、地球がだんだん小さくなってグローバリズムが進んでいくわけですが、伝統文化は時代に応じて変化したとはいうものの、ある日突然まるっきり変わってしまったというのでは悲劇以外の何物でもない。グローバリズムが進むからこそ、また固有のものを大事にしていくという姿勢が大事なんではないかという感じがします。
教科書でも国風文化ということがいわれ、10世紀前後に日本的な美意識、感性に基づく絵画とか彫刻とか仮名とか文学とか出てきた。そこでこれをそれまでの唐風文化に対して国風文化といいますが、私は、それがより進んだのが「和漢の境を紛らかす」ということがいわれた室町から戦国期くらいの時期だと思っています。しかし、今求められているのは、第三の国風文化ではないか。じつはこの国風の原義は国ぶり、土着、土俗文化ということであり、その土地に即した文化ということです。鬼の里づくりの担当者が、自分たち

 

 

 

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